BLUE MAP [prologue] そこは地下だった。 少し湿った空気の漂う所。 コンクリートの正方形の通路は、 1つの部屋にだけ、つながっている。 その部屋は、小さな枠にはめられた鉄格子の窓と、 鉄でできた、重そうなドアのみついているという、 なんとも“圧迫感”のあるものだった。 しかも、そのドアは、何重もの鍵に、鎖まで巻きつけられている、 といった重装備がされていて、 中に猛獣でもいそうな恐ろしい印象を与えている。 ――なにか足音が聞こえてきた。 (・・・あいつだ。) 中にいるのは、全くその、重装備が必要ないような、少女だった。 その少女は、足音だけで、わかったようだ。 ここの道を通る、野太い足音は、一つしか――“あいつ”しかない、 と、慣れた日常から、考えなくとも、わかった。 そしてその足音の持ち主が、口を開いた。 「今日はあなたの――いえ、レナ姫の誕生日だったわよね。」 何を思ってか、おもむろに、嫌味を含んだように言った。 レナ姫――レナ姫とは、その、少女のことでもあった。 ――15歳の誕生日。 少女にとって、そんな、わくわくする待ち遠しい日ではなかった。 「今日の式典にも出てもらうわよ。」 レナ姫の、私でなくレナ姫の、誕生記念式典。 ――去年はこの髪を隠すために帽子をかぶって・・ピエロの姿をしたっけ。 みにくい、みにくい。 「今年は何が良いかしらね・・? その頭さえなければ――そのピンク色の髪さえなければ、 “レナ姫”が座っているところに座って、 おいしい料理を食べながら見るだけで良かったのにねぇ。」 “あいつ”――レナ姫の母親――女王は、鉄格子から、 薄ら笑いながら少女を流し見た。 「…………。」 少女は、きいてないのか、聞かないようにしているのか、 実の母ともいう、女王の方を向かず、うつろな目をしているだけだった。 「……まあいいわ。本当はもう死んでいるはずの、 あなたの命を…救った、国王も……! ……もうじきこの世から消えるもの……ね?」 少女の顔が、一瞬にして青ざめたのを見たのか、 女王は哀れんでいるように、高く、笑った。 そして、その四角い窓から消え、 それからこの地下からも姿を消した。 (……こわい。) 少女の中を、1つの思いが走った。 (父が……国王が死んだら……私は、どうすればいいの?) ――売られるの? ……殺される? こき使われるのかしら? 少女は、硬いベッドに突っ伏して、静かに泣いていた。 ★ 「レナ。」 ――少女――レナ姫の顔は、地下の少女の顔と……、同じ顔だった。 ただ、少女と違う、こげ茶色の髪をしている。 地面に付きそうなほど長い髪も、美しい顔も、一緒だった。 そして、声の主――女王の声に、眉をひそめて、顔をしかめたのも、同様だった。 髪と同じ茶色の、瞳は、声の主を捕らえなかった。 見てはいるのだが、見えていないかのようだった。 色は、いわゆる“普通”の色をしているのだ。 この、“レナ姫”は。 「今日の式典にも……あなたの分身がお祝い来てくれるそうよ。」 ニヤニヤと――嫌味らしくその声の主は言った。 その声の主―― 「お母様……。」 レナ姫は、ようやくその人物を“女王”だと認識した。 (私……の、分…身……?) 「楽しみにしておいてね。 …あと、もうすぐ昼食の時間になるかわよ。」 そう言い、その丸々と太った女王は、 ニヤニヤと――嫌味っぽい表情をしながら、姫の部屋を、後にした。 レナ姫は、その後姿を、じっと睨んだ。 どこか、寂しそうな、哀しい、憎しみを込めた、瞳で。 (私の・・・分身?) ちがう。分身なのは、私のほう。 私が、レナ姫の偽者なのよ・・・。 (私は、こんなこと望んでない・・・。) ――私が何を望んだって言うの? ――誰がこんな事を望んだって言うの? 少女は机に突っ伏して、静かに、ため息をこぼした。
2005.12.30. nagatuci