Moon deth 〜月の死神〜 [灯台の精のお話] ――遠い、月の方から何かがキラリと光った。 “月の死神(しにがみ)”と呼ばれる子は、三日月形の鎌の透明な鞘を、肩に乗せた。 「・・たりぃなぁ。」 死神は、その幼げな顔とは逆で、男らしい喋り方だった。 話す人もいないので、独り言、ということになるが。 そして、宇宙の何処ともいわれていない、 宇宙に浮かぶ岩を蹴って、宇宙を進んだ。 死神の黒いマントは翻る。 死神は、月の神――ムーンゴッドのところへ向かった。 大事な話がある、とのことらしい。 ――宇宙では、特殊な光で情報を行き来しているようだ。 色別に意味が違うのか、光だけに言葉が詰まっている――テレパシーなのか、 それは月の精霊にしかわかっていない。 「・・どんな話なんだろう。」 “月の生神(しにがみ)”と呼ばれる子は、多勢の精霊たちに、光が見えたことを伝えた。 精霊たちは、眉を上げるだけで、言葉も発さず目も閉じたまま、 生神のところへ集まった。 そして生神たちは、光の見えたほうへ、髪と白い衣をなびかせて飛んだ。 ★ 『よく、来たな。』 月の半分くらいの大きさの“ほぼ丸い”黄色い玉は、言った。 月の死神と生神は、球形のものを上目に、言う。 「ムーンゴッド。どのような話でしょうか。」 『それなのだが。話というのは、“月は必要か”だ。』 「!!!」 二人――死神と生神は、驚き、戸惑った。 「月神様! それは、どういうことですか?!」 生神は、いうまでもなく必要だ、と訴えるように、言った。 『・・・月は、何を意味しているのか、ということだ。  何の役割を果たしているのか、ということだ。』 「・・それは・・。」 生神は、直ぐに答えられることができなかった。 「・・・月神様、月は、あなた自身ではないか。」 死神が、静かに言う。 「!?」 生神が死神を刹那に見る。 「――ということは、月神様自体が、  ・・自分の存在を、否定している・・ということ?」 『・・・・・・。』 月の神は、じっと黙り込んだ。 「月神様は・・、自分の、何が存在理由か。  それを知りたい、という・・事ですか?」 死神は問う。 『――・・そういうことだ。  だから、だからお主らに問う。  私の――月の・・存在理由を、動けない・・私の変わりに。  探してきてはくれないか・・?』 月の、神は・・情けないように、頼むように、言った。 それに、2人は・・―― 「仰せのままに、ムーンゴッド。」 話は終わり、生神は、死神に、言った。 「・・月神様は・・なんで自分は必要ない、なんて思ったのかな。」 死神は、面倒そうに生神を横見る。 「さぁな。そんなのしるか。」 死神は生神には、そっけなく言う。 「なによー! なんであなたはいつもそうやって――」 「でもさ。」 生神の言葉を、さえぎるように、マイペースに前を向き、何気なく言う。 「自分の・・存在価値って・・欲しいよな。  自分の存在を否定されたり、自分の存在理由はない、  なんて言われたりしたら・・悲しいよな。」 「・・・・・。」 生神は、死神を伏し目で、切なげに見つめる。 そしておもむろに目を見開いた。 「・・と、アレン、てよんでい?」 「はぁ?? 何でだよ・・。」 死神は、再度、迷惑そうに横見る。 「だって。名前ないじゃない。私たち。」 「はぁ・・。」 わりと積極的な生神に対して、死神は、やはり冷たかった。 「アレン・・って、その・・なんというか。  弱そうな感じじゃねぇ?」 「えー? そんな事無いよ!」 否定し続けた死神も、照れたように、ついに折れた。 「じゃぁ、LEN――レンがいい。」 「オッケー! レンね。じゃぁ、がんばろう!  あ、あと私のことはリンって呼んでね。」 半分無理やりな生神だが、外見は見とれてしまうほど美しいので、憎めなかった。 しかしそれでも死神は流すような態度をとった。 「・・じゃあな。生神サン。ばいばい。」 そして死神――レンはにこやかに笑い、手を小さく振った。 「あーっ!・・もぉー。」 生神――リンは、拗ねたように――笑った。 そして、生神の方向にまっすぐ体を向け、後ろへ落ちていった。 ――死神が向かっている方向には――地球があった。 ★ 「まずは・・誰から聞こうかな・・?」 死神は、海の浜辺にいた。 裸足を潮の満ち干きしている狭間に、片方ずつ埋めた。 ――今は夜。十四夜の月が浮かんでいるようだ。 そして此処は深夜だった。 ふと上のほうで、光がした。 光――そのとき明るかったのは、月だけではなかった。 その光の正体。それは――灯台だ。 「・・・・。」 しばらく考え、よし、と死神――レンは灯台の方へ、飛び立った。 灯台はやや狭く、石造りだった。 レンは、螺旋階段を静かに歩いている。 三日月の鎌を前に掲げると、程よい明るさになった。 「・・いるのか?」 ふと、丸い柱の向こうから見えてきた光に、レンは静かに言った。 「・・・・・。」 返事は帰ってこなかったが、レンはかまわず進み続けた。 すると、蝋燭を囲ってあるタイプのランプをもつ、手が覗けた。 「・・いるんだろ? ・・灯台の精かい?」 (なんだ。いるじゃないか。・・でも、違う気配がする。) レンが再び口を開くと、冷たいような、暖かいような、透き通った声がした。 「・・灯台の精。そんなのがいるのね。」 (変わった事を言うな・・。) 向こうにいるのは、女らしい。 「・・やぁ。こんばんは、灯台の精サン。」 向こうにいる女――灯台の精らしき人物がレンの顔を照らしたので、 レンにも相手の顔が見えた。 女は、上が三角形で、耳まで三角の布が下がっている帽子を被っており、 腰くらいまでの長い水色の髪を持っていた。 「・・こんばんわ。・・あなたは? ・・・死神かしら?」 「・・いきなりで悪いが、聞きたい事があるんだ。」 「・・そう。」 灯台の最上階、十四夜の月の見える明るい場所で、 レンは、月の事を灯台の精に話した。 「月は・・必要か。・・確かに、ただ在るだけなのかもしれない。  でも在って良いと思う。  あの空に月がないと、きっと寂しい。」 灯台の精は、寂しそうに眉をひそめた。 「・・そうか。ということはお前はずっと、ここにいたのか?」 灯台の精は、レンの言葉に頷き、伏し目がちになった。 「ええ・・。そうよ。私はずっとここにいた。  生まれたときから。」 レンは大きく開いた丸い窓の枠にはまっていて、 灯台の精を斜めに見下ろした。 「ここから出たことなんか無かったし、出たいとも思わなかった。」 何も食べたことも無い、ともいえるが、 灯台の精なら何も食べなくても良いのであろう。 「・・・・・・。」 レンは、灯台の精のことが、いまいちつかめなかった。 無気力というか、人間のにおいがするというか、 生きている気配がしなかった。 「じゃぁ、こっから出てみないか?」 レンは突然得意そうに言った。 灯台の精は、伏し目で黒目を横に移動させてから、 え・・っ? というように、 レンの――月の逆光でよく見えない、顔を見上げた。 「・・無理よ。どうやって? 私は灯台の精なのよ?」 妖精にはよく見えなかったが、レンは微笑んだ気がした。 「・・俺は、月の死神だからな。  行こうと思えば、何処へだって行けるさ。」 灯台の精も――微笑んだ気がした。 「さぁ。行こう。」 レンは暗闇の中の、 月に照らされている、 灯台の妖精へ、手を差し伸べた。 灯台の妖精はその手を受け取った。 月がひどく――近く、大きく、まぶしく見えたきがする。 妖精は、町の夜景を、見下ろして嬉しそうな声をあげた。 「わぁー・・・。綺麗。」 二人は夜の空中の中、手をつないでいた。 ――まるで、ネバーランドを目指した、 ピーターパンとウェンディのように。 「だろ?」 レンも妖精に笑いかけた。 すると、妖精は、自分が、 知らずに笑っていたことが恥ずかしかったからか、 レンと間近で目が合って照れたからか、顔を少し背けた。 「ええ・・すごく綺麗ね。」 そして伏し目だが――すごく綺麗に笑った。 それを見て、レンは今まで経験したことの無い、 不思議な気持ちになった。 そして―― 「ひどく綺麗に笑うなぁ。」 そのまま、レンは声に出した。 妖精にとってどれだけの言葉なのかも、知らずに。 「・・ねぇ。もう少し、上に行かない?」 初めて、妖精がレンにわがままを言う。 それをレンは黙って聞いた。 上に行くたびに、空気が薄く、なっていく。 何度も、雲とぶつかって、 何度も、雲をすり抜けた。 月が大きく、なっていった。 「なぁ」「ねえ」 ふとした瞬間、二人の声が、重なった。 少しためらい、二人とも黙ったが―― 「そういえば」「あなたは」 再度、重なった。 あ・・、という風に二人は黙り込む。 すると、レンが先に言う。 「名前・・・聞いてなかったな。」 すると、灯台の精は口をヘの字に曲げたあと、言う。 「名前なんて無いわ。」 レンは気まずそうにするどころか、灯台の精と向き合って両手を握り、 やや上目遣いで、得意げに口の端をあげた。 「・・ヒカリてよんでい?」 その言葉は、月の生神の言い方の真似だった。 「・・なんで?」 そして灯台の精――ヒカリも、レンと同じ様な事を言った。 「・・なんとなく。」 レンは片手を離して前を向いた。 「・・灯台がまぶしいからかな。」 そして下へ――階段を下りるように、ヒカリの手を引いた。 「灯台は海を照らす。その“ヒカリ”で、船乗りたちは、  迷うことなく戻ってくることができる。  その“ヒカリ”は確かに誰かの道しるべになっている。  ・・だからかな。」 お前は・・? とレンはヒカリに言う。 それにヒカリは、え・・? と言う。 「さっき言おうとしてたこと。」 ああ、とヒカリは言う。 「なんて名前?」 そしてレンは、少しためらったが、 昨日つけられたばかりの名を、 自分の証だとばかりに――誇らしげに、言う。 「・・レンだ。」 ★ 灯台の窓の前で、レンは言う。 「おまえ・・さ。手、冷たいな。」 ずっとつないでいても、その手にぬくもりを感じることはなかった。 そしてヒカリは―― 「な・・っ!?」 レンの手を自分の胸のほう――肋骨の真ん中辺りに、当てた。 レンは目を見開き、顔を赤くするのだったが。 そして、レンは冷静な顔に戻る。 ――この手が、鼓動を感じとることはなかった。 「私――」 ヒカリは、儚く笑った。 「幽霊なの。」 レンは、つかまれていた手を振り解いて、ヒカリの頬に、手をあてた。 そして―― 「で? だから?」 言葉はきついが、優しい表情で、言った。 ヒカリは、レンを凝視した。 「・・私、灯台の精って、嘘を・・ついてたのよ?」 するとレンは、もう片方の手もヒカリの頬にあてた。 「べつに? 幽霊も灯台の精も大差ないじゃないか。  それに俺なんか・・死神だし?  ・・・てことは、俺は、ヒカリを・・この鎌で切るのだろうか。」 レンは、ふわりと月のように浮かんでいた、三日月形の鎌を持ち――持っていても浮かんでいるようだが、 その輝きでヒカリの顔を照らした。 「・・月専門じゃないの?」 「まあな。切ろうと思えば、何でも切れるし。」 「あはは・・。」 精霊は、苦笑いした。 「ねえ・・レン。」 そして、静かに言う。 「最後に・・言いたいことがあるの。」 レンは、何も言わず、黙ってヒカリを見つめた。 「あのね。私・・レンに出会えて、本当に嬉しかった。」 初めてヒカリの、本当の安らかな笑顔を見た気がした。 「私は月が大好きだったわ。だって、私を見つけてくれたもの。  私を照らしてくれたもの。  寂しさも、悲しさも、月がいつもそこに昇ってくれたから、  私は変わらないもの、確かなものがあるって気づいたの。  月の神様に、よろしくね。」 ――ヒカリは、眩い光を放ちながら、薄れていった。 そして、消えてゆく瞬間に―― 『ありがとう――』 レンは眩しすぎて、目を瞑ってしまった。 目を開いた頃には、目の前には、真っ暗な夜空が広がっているだけだった。 だが、きらきらと輝く“光”が、まだ残っているような気がした。 消えてゆく瞬間に、確かな感触があった。 唇と、触れた手。 ヒカリは確かにいた。 そしてレンは、ヒカリが、ありがとうの後に天の声で呟いた言葉を思い浮かべていた。 『ありがとう。私のこと、忘れないでね。』 「ああ、いつまでも忘れないでいてやる。」 レンは、夜空に浮かび、傾いた月をぼんやりと見つめていた。
2006.2.17. nagatuci
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