生きてる証拠 生きてる証拠を探してた。 生きてる証拠が欲しかった。 どこにあるんだろう。 どうすれば見つかるんだろう。 そんなものはないんだろうか。 そんなものはあるんだろうか。 ずっと 生きてることを疑っていた。 ずっと 生きてることがわからなかった。 生きてる人に触れ 生きてる人に触れられ、 生きてる人と生きて 生きてる人と話して、 生きてる人と泣いて 生きてる人と笑って、 そんなの 当たり前だと思ってた。 生きてることは、 生きてる人にしか触れてもらえないってことは、 生きてる人としか生きていけないってことは、 生きてる人しか 話したり、泣いたり、笑ったりできないってことは。 そんなこと 考えもしなかった。 永遠の命なんてない 人はいつかは死んでゆく だけど今確かに生きている。 生きてる証拠なんて、気づけばどこにでもあった。 すぐそこに、それはいつでもついてくる。 それは自分自身でもある。 動くこと 見えること 呼吸してること 痛いこと 痒いこと 嬉しいこと 悲しいこと 悩むこと 愛すること 歯痒いこと 歳をとること 知ること 考えること 食べること 寝ること 気づかないだけだったんだ。 生きてる証拠はしっかりと 生まれたときから握っていた。 それを手放そうとすれば 突き放そうとすれば、 それは心に 必死にしがみついてくるんだって気づいた。 生きてる証拠はあるんだ。 生きてた証拠は いつか消えてくものかもしれないけど。 だけど 死にたくなんかない。 だから 生きていたい。
2005.2.12.nagatuci